ファッションモデル、ラジオやテレビのパーソナリティーとしても活躍され、幅広い趣味を活かして人生を縦横無尽にエンジョイする三原勇希さん。僕も仕事で何度なくご一緒しています。お話ししていてもいつも明るく超ポジティブで楽しい。でもお風呂の話なんてしたことない。そんな三原勇希さんは、なんと「私が好きなお風呂映画3選」という切り口で、映画作品における印象的なお風呂にまつわるシーンを切り取って、今の時代に大切な価値観を教えてくれます。
亀田誠治
「風呂は命の洗濯よ。」by 『新世紀エヴァンゲリオン』葛城ミサト。
これがミサトさんの言葉だと知らずとも、どこかで聞いたことがあるくらいのセリフであり(対するシンジくんの返答もいい)、きっと多くの人が共感できる話だと思います。ただ、これが書かれたのはもう25年以上も前のこと。今でも全くその通りだと思うけど、2020年代だからこその「お風呂の描き方」を、映画の中で見つけてみたいと思うのです。
印象的なお風呂シーンが出てくる映画を3つ選んでみたら、共通点がありました。それはものごとを*二項対立化させずに、複雑なことを複雑なまま映し出しているところ。何かわかりやすい答えや解決に至るわけではないところ。そんな映画が今自分にとって自然で心地よく、その価値観を「2020年代的」と、ここでは呼びたいと思います。
*二項対立 論理学で、ふたつの概念が矛盾または対立の関係にあること。また、概念をそのように二分すること。
入浴といえば「裸の付き合い」、つまり映画の物語の中でいえば、打ち解けるとか解放されるとか、何かしらのしがらみを洗い流すとかいったメタファーを含むことがあるかもしれません。でもこの3作ではそういったわかりやすいメタファーとは少し違う、お風呂シーンの持つ意味についても、じんわり考えてみたいと思います。
「わたしは光をにぎっている」(2021)

私と同い年の90年生まれである、中川龍太郎氏が監督・脚本を務めた作品。
ここで出てくるお風呂は、主人公の澪(松本穂香)が働く昔ながらの銭湯だ。澪は両親に代わって自分を育ててくれた祖母の入院を機に、田舎から上京する。しかしなかなか仕事が見つからず、まずは「自分のできる、目の前の小さなこと」として、居候先の銭湯を手伝いはじめる。
この映画には、何度もそこだけ観てしまったほど強烈に好きなお風呂のシーンがある。それは、澪がひとりで銭湯の開店準備をしている場面。湯気を立てきらきらと輝く、昼間の銭湯のお湯。そこに澪がぽちゃりと手を入れて、ゆっくりと手を返して温度を確かめたかと思えば、今度は蛇口をひねってザァッと一気にあつ湯が流れ出る。静けさのあとの勢いにハッとさせられる。何気なくも、なんとも生きた心地のするシーンだ。

この映画では、お風呂をはじめとした水の「音」がとても印象的だ。澪自身が銭湯の仕事をしようと最初に思い立つ時も、言葉ではなく「ザッザッ」と銭湯の床を磨く音で、彼女の決意が示唆される。私の好きな開店準備のシーンでも、「ぽちゃり/ざぁっ」と流れる音の違いが、まるで澪の気持ちの切り替わりを表しているようだ。
澪はかなり無口なほうだ。そのことが映画全体をとても静かなものにしているから、水の音が際立つ。澪はいつもぼーっとしていて、何をするにもゆっくりで、挨拶や自分の話もろくにできないから、そりゃあちょっと意地悪言われたりもするわな、と思うシーンもある。でも澪はその時々に何かをしっかり感じている。なかなかそれをすぐに言葉にはできないけれど、痴漢には大声で怒ったりして、周りの人をびっくりさせることもある。「言葉は必要なときに向こうからやってくるものよ」というおばあちゃんの言葉は、この物語のひとつの重要なテーマだ。
お風呂や湖、噴水といった「水の音」、時代の流れに翻弄されてなくなってしまう銭湯。そういったものはとても静かなこの映画の中で、確かに流れる時間として、生きて移り変わってしまうものとして、そこに存在している。雄弁に語るのではなく、風景として存在している。その変化をちゃんと受けとめて、多くを語らずとも確かに変わっていく一人の人間の姿をそこに見て、とても心強く思えた。

作品情報
『わたしは光をにぎっている』
監督:中川龍太郎
脚本:末木はるみ、中川龍太郎、佐近圭太郎
出演:松本穂香、渡辺大知、徳永えり、吉村界人、光石研、樫山文枝 他
「川っぺりムコリッタ」(2022)

「かもめ食堂」の監督、荻上直子氏が原作・脚本・監督の新作映画。主人公は、松山ケンイチ演じる山田という青年。彼は誰とも関わらずに生きると決めて、川っぺりにあるボロアパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。
「築50年だから、いろんな人が住んだけど、ここで死んだ人は誰もいないから大丈夫」と、独特な言葉で案内してくれる大家の南さん(満島ひかり)。確かにお風呂も50年モノだ。ほぼ正方形の、どう考えても窮屈な古いお風呂なのだが、入居してまずお風呂に入る山田の気持ちよさそうなことといったら! お風呂上がりにいつも牛乳を飲む姿が、その羨ましさに拍車をかける。彼は無口で仏頂面でどこか冷めていて、決して「気持ちいい」とか「おいしい」とか言葉にすることはないけれど、その表情や息づかいから気持ち良さはこれでもかと伝わってくる。食事もそうだ。山田の楽しみは炊きたての白いご飯。海産物の加工工場で働いたお金で米を買い、丁寧に炊いて、食べる。工場でもらった塩辛と白いご飯のみだけれど、本当に美味しそうでよだれが出る。

ところがその日から早速、お風呂が壊れて銭湯代をケチる汗だくの隣人(ムロツヨシ)が訪ねてくる。しかも、隣人は「今お風呂入ってたよね? ここ壁薄いから、全部聞こえてたよ」と気味が悪いことを言って、お風呂を貸してほしいと頼んでくるのだ。さすがに初日は断ったものの、その後ほぼ無理矢理、そのうち連日、隣人は山田のお風呂を使うようになる。孤独な青年の生活にずかずかと踏み込んできて、いつの間にか勝手に「山ちゃん」と呼んで、庭で育てた野菜を持ってきて、山田が大事に炊いたご飯まで一緒に食べて帰るのだ。

おかしいのは隣人だけではない。ハイツムコリッタに住む人たちは、皆世間からちょっとはみ出していて、何かを抱えていそうで、でも気さくな人たちだ。 そんな人たちと関わらざるを得ない日々の中で、山田は熱いお風呂みたいな、炊き立てのご飯みたいな、「ささやかな幸せ」に少しずつ心をほぐしていく。そして山田が心を固く閉ざしていた理由も、映画が進むにつれてだんだんと明らかになっていく。
この映画は監督が「ゼロ葬」についてのドキュメンタリーを見たことがきっかけだったというだけあり、死後の「弔い」が重要なモチーフになっている。 行き場のない人の、さまざまなあり方を見せてくれる作品でもある。私はこの映画を見て、多様な価値観を受け入れ合いたいと思うと同時に、お節介なくらいもっと人に干渉したい、一歩踏み込んで人と関わりたいとも思ってしまった。生きることの瑞々しさと生々しさを、見事に映し出す映像もすばらしい。見終わった後は、普段なら面倒なお風呂も今すぐに入りたくなること間違いなし。

作品情報
「川っぺりムコリッタ」絶賛上映中
監督・脚本:荻上直子
出演 松山ケンイチ ムロツヨシ 満島ひかり 吉岡秀隆
配給:KADOKAWA © 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
公式WEBサイトURL: https://kawa-movie.jp/
「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」(2020)

Netflixオリジナル作品。アメフト部の男子ポールにラブレターの代筆を頼まれた、成績優秀なエリー・チュウ。しかし、ラブレターを送る相手のアスターは、彼女自身が好きな女の子でもあった。そりゃあ心がこもってしまうよね、しかもお互い文学好きときたら話も合う。ラブレターでの関係は順調に心を通わせていくが、もちろんアスターが好きだと思っている相手はポール。真っ直ぐで努力家なポールにエリーは次第に心を許し、親友にもなっていくが、、、どうするんだこれ?!という、高校生のラブコメ映画。
この作品の面白いところは、サルトルや、カズオ・イシグロや、ヴィム・ヴェンダースと、実在する作品の名言を引用しながら「愛とは?」という問いを考え続けるというユニークさ。答えは名言におさまるわけがなくて、でもなんとか伝えたくて、複雑なものを複雑なままでうまくとらえた、スウィートではないけれどとてもフレッシュな作品だ。
この映画に出てくるお風呂は…、森の中の木々に囲まれた、小さな温泉が湧き出る場所。エリーとアスターはひょんなことから1日を共に過ごすことになり、アスターお気に入りの”秘密の場所”=温泉に、エリーを連れていく。躊躇なく下着になって温泉に飛び込むアスターと、好きな女の子のそれに戸惑いを隠せず、長袖の服のまま入るチュウ。「こんな場所はサクラメントにはなかった」というアスターの言葉を発端に、温泉に入りながら、彼女たちの生まれの話、信仰の話、音楽の話、そして恋の話が自然と語られて、これまで交わらなかった相手のことをゆっくりと理解し合っていく。温泉に浮かぶ形で、頭と頭を対になるように並べ、抽象的で文学的な会話を交わすふたりの姿。美しくてじんわりと心に残る、とても好きなシーン。

ここでの温泉は、図らずともジェンダーを意識させる場所であり、故郷を思い出す場所でもある。秘密の場所をシェアするということは、信頼できる相手だということでもある。温泉に行って、決して「裸の付き合い」といった形で描かれるのではない、繊細な友情が実に心地よい。でもこの後の展開が大変になることは間違いないので、未見の方はぜひ作品の結末を見届けてほしい。

作品情報
『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』
2020年5月1日(金)からNetflixで配信中
監督・脚本:アリス・ウー
出演:
リーア・ルイス
ダニエル・ディーマー
アレクシス・レミール
こうして並べてみると、お風呂のシーンがあること以外はバラバラにも思える3作だが、その共通点を私は「わかりやすい答えや解決に至らない」と言った。 けれども、決して複雑な問題をそのままにしているわけではなく、登場人物たちはちゃんとトライして傷ついて引き裂かれて、それでも自分なりに前に進もうとしている、そんな映画なのだ。この3作に登場する「お風呂」は、やっぱりそれぞれに重要な場所で、キラキラしていて、あたたかいのだった。
撮影:ユーロスペース(東京都渋谷区)