「春を辛抱強く待つ人のためのお風呂」日本草木研究所の2人と見つけるお風呂で楽しみたい草木たち
山に生きる草木に新しい価値を見出す日本草木研究所
お風呂で楽しみたいものと言ったらどんなものを思い浮かべるでしょうか?お気に入りのシャンプーやボディソープを使ったり、入浴剤を使ったりといろんなお楽しみアイテムがありますが、今回は、日本古来からある「季節湯」を考えてみたいと思います。日本の里山で様々な自然の素材を集めている日本草木研究所の2人に、お風呂で楽しみたい草木をセレクトしてもらいました。
2021年に立ち上げられた日本草木研究所。全国で里山の草木を蒐集(しゅうしゅう)・記録し、商品へと生まれ変わらせています。発起人は、食のプロデューサー古谷知華さんと、クリエイティブディレクターの木本梨絵さん。2人の活動はどのように始まったのでしょうか。
古谷 「もともと、私は『ともコーラ』というクラフトコーラのブランドを運営していて、それをきっかけに2017年くらいから日本各地の山々で日本の面白い草木を探し始めました。でも、いざ見つけるとコーラにするのはもったいないくらい、いい香りがするものがたくさんあって、日本の草木に特化したブランドを立ち上げたいという思いを抱くようになりました。西洋にはスパイスやハーブがたくさんあるのに、なんで日本の草木は使われていないんだろうと思ったんですよね。そこで、2021年に友人の木本を誘って一緒にブランドを立ち上げました」
木本 「ブランドを立ち上げる前に古谷と一緒に山に入る機会があって、その時にモミを食べたんです。食べてみたら美味しくて、その体験があったので、ぜひ一緒にやりたいなと思いました」

草木を蒐集する場所は、2人が「相棒山」と呼ぶパートナーの山々です。現在では全国に15箇所の「相棒山」があるといいます。
木本 「私も古谷も必要な素材があるときは、SNSを活用しています。『〇〇の素材が欲しいです』と発信すると、送ってくださる方がいるんです。ついこの前も大量の落ち葉が欲しくて投稿したら10組くらいの方が返信をくださいました。そうやって繋がって、相棒山を増やしています」
古谷 「もちろん、素材をいただくときは山主さんと交渉して基本的には料金をお支払いしています。私たちは独自に植物ごとの価格表を作っているのですが、そもそも今までは日本だと草木が買われるということがほとんどなかったので、価格表も存在していなかったんです。『タダでいいよ』と言ってくださる方もいるのですが、山が枯渇していくことを防いだり、山主さんたちが疲弊してしまわないように、きちんとお金をお支払いしたいなと思っています」
ブランド立ち上げ以降、国産のボタニカル原料だけを使った「フォレストジン」や、モミや杉などの素材を使った「草木炭酸FOREST SODA」など、食べる商品を中心に開発。今後はさらに、生活用品の開発にも乗り出していく予定だといいます。
木本 「今は飲んだり食べたりできる商品を中心に作っていますが、今後はハンドソープやお香などの生活用品も作っていきたいなと思っています」
古谷 「いろんな山に入った結果、食べるものと共通して、いい香りがするものはルームフレグランスとかソープとかにも使えるなと思い始めました。最初は食べるところに限定していましたが、もっと日本の草木を活用する場面を増やしていくというテーマで活動していきたいです」

お風呂と草木の密接な関係とは?
そんな2人は、草木はお風呂とも深く結びついているものだといいます。2人が日常的に行うお風呂での草木の活用方法や、歴史的な日本の草木の活用方法を教えてくれました。
木本 「私はよく植物を拾ってお風呂のバスタブに入れたりします。温度が高くなると香りがすごく立って、リラックスできますよ」
古谷 「私は精油を入れることが多いですね。海外のものが多くてアロマオイルと呼ばれるのですが、実は日本のクロモジやヒノキのものもあって、それらをお風呂に入れています」
木本 「精油だったら割とどんな人でも試しやすいよね。意外かもしれないけれど、日本人は昔から草木とお風呂の組み合わせを楽しんでいたんですよ。たとえば『融通を利かせる』という願掛けのために柚子を入れて柚子湯にしたり。体を綺麗にするだけじゃなくて、縁起の良い草木と組み合わせて、気分を上げるためにお風呂を使っていたのは面白いですよね」
古谷 「確かに、昔から日本ではお風呂と草木の組み合わせはあったはずだよね。里山に生えている草木を使った薬草湯も全国各地にあります。それに、日本古来のお風呂は、薬草などを敷き詰めた蒸し風呂だったという話もあります。そのお風呂は皮膚病や疫病に効くとされていたようです。昔の絵巻物などを調べても、お風呂と薬草などの草木の密接な関わりが見られます」

お風呂と密接な関わりのあった日本の草木。では、実際どんな植物がお風呂に合うのでしょうか。日本の里山で採れる植物を組み合わせて、冬の終わりから春先に楽しみたい香りをセレクトしてもらいました。
木本 「今回持ってきたのは、クロモジ、ヒノキ、ニッケイ(カラキ)の3つの植物です。クロモジは、特に葉っぱや細い枝をお風呂に入れると華やかな香りがよく出るかと思います。リナロールという成分が含まれていて肌の炎症にも効くのでお風呂にぴったりです。ヒノキはお風呂の材木としてお馴染みですが、今回入れるのは葉っぱ。ヒノキチオールやフィトンチッドという成分が多く、鎮静効果やリラックス効果が高いです」
古谷 「ニッケイは、シナモンの仲間です。日本にも生えていて、本州に生えているものはニッケイ、沖縄に生えているものはカラキとか琉球シナモンと呼ばれています。ニッケイも爽やかな香りのする葉っぱを持ってきました。シナモンなので、体を温めて血行を良くしてくれる効果もあります」

古谷 「ただ、実は今って山がお休みしてるときなんです(取材時は3月初旬)。なので、木が葉っぱを落としていたり、常緑樹のスギやヒノキも少し茶色になって、栄養を全て幹の方に溜めているんですよ。そんな中でも、今回使う3種は1年中緑を蓄えている植物や、今だからこそ香るものを選びました。特にクロモジに関しては、枝の香りが1番濃くなるのが葉っぱが全部落ちる1月から2月です」
木本 「そうなんだよね。草木の香りというと、華やかな春の花とか青々としたフレッシュなものを想像しがちです。でも、冬の閑散とした葉っぱの落ちた山やドライになった植物でも十分香り高く出るので、そういうところにも気づいてもらえるとすごく嬉しいなと思います」
緑の甘さが漂う「芽吹く前のお風呂」
いざ、お風呂に草木を浸けてみることに。今回はより香りを高く味わうために、草木を細かくちぎり、煮出してからお湯に浸けました。一体どんな香りになったのでしょう?
※特別な許可を得て撮影しています。

古谷 「割と素朴な香りなんじゃないかなと思っていたのですが、思いの外ニッケイの香りがつよいね」
木本 「確かに!ヒノキが想像よりも弱くて、思ったよりツンとしない、穏やかな香りだね」
古谷 「フレッシュというよりはまろやかで、優しい緑の甘い香り。でも、結構うまくいったと思います!やっぱりドライの場合は特に煮出した方がいい香りがするんですよね。それに、ちぎると精油が出てくるので、より強く香りが出ます。今回のお風呂にネーミングするとしたら?」
木本 「『芽吹く前のお風呂』って感じかな(笑)。渋めで、でも優しい感じがします」
古谷 「ここにある植物たちも芽吹く前のものだから、辛抱強く春を待つためのお風呂だね。人間も忙しい年度末を超えて、春を迎えるために頑張っている人が多い時期だと思うので、そんなタイミングで力を与えてくれるお風呂になりそうです」
最後に、今回の草木を使ったお風呂をどんな人におすすめしたいか2人に聞いてみました。一見難しそうな、草木を使ったお風呂ですが、実は身近なところで楽しめるとのこと。皆さんも日々のお風呂に取り入れてみるのはいかがでしょうか?
古谷 「本当は自然が好きだけど、都市で生活していて山に行けない、自然と触れ合えていないという人もいると思います。そういった人も、お風呂にちょっと草木を入れるだけでも、自分の手元に自然を引き寄せて楽しめると思います」

木本 「最近、深呼吸してないなという人にもお風呂で草木を楽しんでみて欲しいです。ほのかな香りだから、深呼吸しないとこのささやかな香りを楽しめない。だから、最後に深呼吸したのいつだっけ?という人はぜひチャレンジしてみて欲しいです」
古谷 「そうだね。香水のように、香りをデザインすることもできるけれど、その辺にある草木を気軽にお風呂に入れるだけでも十分楽しめます」
木本
「そうそう。まずは楽しむのが1番大事です!組み合わせも、日本の同じ風土・空気で育った草木なので、大抵のものは失敗しないんじゃないかなと思います。見た目が可愛いから葉っぱを入れてみるとか、近くで見つけた植物がいい香りがしたからお風呂に入れてみるとか、そのくらい草木に気軽に触れてもらえたら嬉しいです」
Text:Natsu Shirotori
Photo:Yuki Nobuhara(プロフィール写真のみ本人提供)