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「『今』を切り取る浮世絵には、 現代に通じるお風呂での赤裸々な一幕が映っていた」 UKIYO-E PROJECT三井悠加がアートで紐解くお風呂の本質

三井悠加

1982年東京都生まれ。浮世絵を現代へと繋ぐUKIYO-E PROJECTの代表。
父親が経営する芸能プロダクションにて勤め、エンターテインメントビジネスを学ぶためアメリカへ留学。授業で日本文化として浮世絵の紹介をしたことをきっかけに、ロックバンドKISSとコラボした浮世絵を制作。現代の版元としてビジネスを開始した。東京とLAを拠点に、浮世絵の制作や、世界各国で展示会の開催など、幅広く活動を行っている。作品は大英博物館やオーストリア応用美術博物館、マイアミ大学図書館などにも所蔵され、Forbes Japanの「世界で闘う『日本の女性』55人」にも選出されている。

「今」を映す浮世絵は、庶民がトレンドを押さえる情報源

浮世絵と聞いて、ぱっと思い浮かぶのは、北斎の冨嶽三十六景や、広重の東海道五拾三次でしょうか。いずれも、現代の私たちから見れば「昔の絵」に見えるかもしれませんが、実は浮世絵は江戸・明治当時の「インターネット」とも言えるような、最新トレンドを掲載した情報源だったのです。


歌舞伎役者や、美人、人気の観光スポットなど、各時代で人気絶頂だったコンテンツを、版元(今で言うプロデューサー兼マーケターのような役割です)が企画・制作・販売し、庶民のカルチャーを形成する一端を担ってきました。そのため、浮世絵を見れば、その時代特有の文化や、人々の精神性を紐解くことができます。

浮世絵は、トレンド情報源であり、アートであり、文化を学ぶ歴史書でもあるのです。

浮世絵の題材に「湯屋(銭湯)」や「温泉」が使われることは珍しくなく、当時お風呂という空間が日本人に大変人気だったことが伺えます。

江戸や明治時代に人が集まる場所といえば、お湯屋さんか床屋さん。そこへ行けば誰か友達に会えるだろうということで、用も無いのに出かけて行きます。2階座敷には、将棋盤や碁盤も置いてあり、当時人気があった草双紙(くさぞうし)などの本も置いてありました。

日本人は、お風呂ではよく喋るし、本音をこぼすし、やや大胆になる。言ってみれば、本来の自分に戻る場所としてお風呂空間は機能してきたのではないか、と思うことがあります。これから紹介する2つの浮世絵はもちろん、落語の「浮世風呂」や「浮世床」を聴くと、みんなでわいわい噂話やたわいもない話を永遠としている当時の様子がよくわかります。

常に時代の先端を走り「今」を描こうとする浮世絵のスタンスに魅せられて、私は「今」のスターや風景を、21世紀の浮世絵として、400年にわたり技術を伝承されてきた浮世絵の職人さん達と共に制作しています。

すこし自己紹介を挟みますと、私が浮世絵の版元となったきっかけは、エンタメビジネスを学びにアメリカへ留学したことでした。語学学校の授業で「母国の文化を紹介する」というテーマで発表する機会がありました。サウジアラビア人はコーヒー、ブラジル人はサンバカーニバル等の話をしていたなかで、私は「浮世絵」と「銭湯」を紹介しました。

「浮世絵は、絵師、彫師、摺師、版元が分業しながら何ヶ月もかけて制作する日本伝統の総合芸術だ」と説明をすると、予想以上にクラスメイトから反響がありました。「浮世絵は、日本人の良さが詰まっている」「分業体制にはハーモニー(調和)を大事にする日本人の精神が反映されているし、細かい作業を続ける忍耐力も日本人ならではの性質だ」と。

その時に、浮世絵の「今、現代の」という意味に着目し、今のスターを描いた新しい浮世絵を制作し、海外に持ち込めば面白そうだなと思ったのです。

こちらのKISS浮世絵はその3年後、2015年に発表しました。初めて通訳なしでKISSのライセンサーやエージェント、メンバーへプレゼンし、作り上げた最初の作品です。

画題:接吻四人衆大首揃(2015), 絵師:石川真澄, 彫師:渡辺和夫, 摺師:吉田秀男, 版元:UKIYO-E PROJECCT

KISS=「接吻四人衆」とし、着物の柄は「赤穂浪士」をベースにしました。本来は白い部分を鼠色に雲母(きら)で光沢をだし、KISSらしさを表現しています。

鎖帷子の中の色はメンバーそれぞれのイメージカラーに。メイクの色合いは、あえて実際より薄くして歌舞伎の隈取りの様に仕上がっています。

この1枚を摺りあげるために、摺師は薄い色から濃い色を順番に90回以上もの摺を重ねます。 “まつげ”だけをズレずに摺っていたりと、匠の技にはいつも目を見張るばかりです。 半年かけて200枚の浮世絵が完成しました。

もう一つ紹介した「銭湯」ですが、これも日本特有の文化で、海外ではそもそもお湯に浸かるという習慣はありません。クラスメイトからの反応で、日本固有の風習だとよくわかりました。

私の地元、深川には江戸三大祭りの一つとして知られる富岡八幡宮の「深川八幡まつり」があるのですが、三年に一度の大祭では各町から53基の大神輿が集結します。

朝4時に起き、それぞれ各町の法被を羽織って、御神輿を順番に担ぎながら8キロを練り歩きます。別名「水かけ祭り」と呼ばれるだけあり、時折浴びせられる大量の「お清めの水」に溺れそうになりながら(笑)。戻ってきた時にはヘトヘトですが、そのままみんなで銭湯「辰巳湯」へ行きます。汗水を流し、大きな湯船で神輿を担いだ赤い肩を労りながら湯に浸かり、ワイワイ話すひと時と、上がった後に打ち上げで飲むビールは痺れるほどに美味しく、この国に生まれてよかったと思わずにはいられません。

そんな浮世絵と銭湯の魅力を味わってしまった版元の視点で、今なお通ずる「お風呂で本来の自分にもどる日本人の精神性」を浮世絵から紐解いていきます。

温泉は政治家の密会の場

画題:開化温泉の図, 絵師:楊洲周延(ようしゅうちかのぶ), 年代:明治14年(1881) 10月

この浮世絵は、明治14年(1881)10月に絵師・楊洲周延(ようしゅう ちかのぶ)が描いた「開化温泉の図」です。 湯船の湯気がたっているところを細い水色の線で表現していたり、豪華な絨毯が敷き詰められた 脱衣所では、姿見の前で髪を乾かす女性なども見えますね。

浮世絵のテーマとして「お湯屋」(=「おゆうや」と発音します)を描くことは、さほど珍しくはないの ですが、女性が大きく描かれている作品は珍しいです。当時、政府主催の西洋画の美術展が開催され、展示してあった「女性のヌードを描いた油絵」が話題となって、それに対抗したのか、このような女性の美しさを描いた浮世絵も出てきました。もちろん、銭湯には男性も大勢集まっているはずですが、全員女性に置き換えて描いた方が「売れる」という版元のマーケターたる策略が見てとれます。

ところで、この錦絵は「銭湯」ではなく「温泉」を描いています。温泉がブームとなった明治時代、庶民の旅行が一般的になる一方で、政治家も都心近くの温泉にて、ゆっくり浸かった後に離れの個室で極秘の打ち合わせをしていたようです。この浮世絵が描かれた明治14年の10月というと、明治政府から大隈重信が追放された「明治14年の政変」の頃です。国家の進退に関わる密談も、お風呂という、ついつい本音が出てしまう空間でしていたのでしょう。

この絵を描いた浮世絵師・周延は、元越後高田藩の下級武士で、脱藩して、慶応4年の上野戦争や箱館戦争にも参加した血気盛んな人でした。明治10年の西南戦争の錦絵を見ても嬉々として描いているのが分かります。周延も明治政府の政変等、風刺を描きたかったのを版元の意向により、暗に政治家の密会を匂わす温泉の様子を、得意の美人絵で描いたのでした。

普遍のアイドルファン文化、ついにお風呂まで

画題:俳優楽屋風呂の賑ひ, 絵師:豊原国周(とよはらくにちか), 年代:明治25年(1892)

さて、こちらは明治25年(1892)に豊原国周(とよはら くにちか)が描いた「俳優楽屋風呂の賑ひ」です。 当時の歌舞伎スターたちが公演後、楽屋風呂に浸かっている様子を描いた三枚続役者絵で、 歌舞伎の終演後に、お風呂で汗やお化粧を落としながら、今日の公演はどうだったか等、みんなで反省会をしているように見えます。

歌舞伎役者の専用楽屋風呂のため、女性はもちろん立ち入り禁止。面白いことに、中央から左の絵に掛けてある看板には「婦人此中へ入事禁堅」(ふじんこのなかへはいることをかたくきんず)」と書かれています。

注意の貼り紙があるということは、女性のファンがお風呂まで入って来てしまうこともあったのでしょう。あまりに大胆ですが、憧れの人の「素」が見たいと思ってしまうのは、現代のアイドルファンたちにも共有される感覚ですよね。お風呂ほど、本来のその人に戻る場所はありませんから。

手前でしゃがんでいるのは菊五郎の付き人で、菊五郎にファンからの手紙を届けています。着物の柄をよく見ると、4本と5本の筋を組み合わせた格子の中に、「キ」と「呂」の文字を交互 に配し、4と5を加えた9筋の「ク」、5筋の「ゴ」で「キクゴロウ」と読ませ、「菊五郎格子」と呼ばれています。よく見るとこうした細部にも意味があり、役者絵の楽しみ方のひとつです。

※右から:市川左團次、坂東喜知六、中村福助、市川團十郎、市川米蔵、尾上菊五郎。

浮世絵の版元がなぞる、お風呂好き文化の軌跡

江戸時代は「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるように、木造家屋は火事になりやすいので内風呂は無いのが普通でした。現代では、家でのお風呂は当たり前。贅沢にアロマやキャンドルを炊いたり、ゆっくり自分の時間を楽しむ空間になりました。 お風呂でのひとときは、服を脱ぐだけでなく日常の様々な社会的役割も脱いでリラックスする、重要なストレス解消のひとときですね。時代は変わっても、「お風呂で本来の自分にもどる」精神は、今も「日本人特有の精神」として脈々と受け継がれています。


お風呂の浮世絵の人気が高かった背景には、やはり「版元」の戦略があったのではないかと思います。

当時からマーケター・版元は、いかに売れる浮世絵を出版するかを考えていました。購買層を想定し、温泉の浮世絵は男性のお客さん、歌舞伎の役者絵は女性のお客さんに向けて発売。人気が出るように、温泉の浮世絵では女性のみを描いたり、役者絵では当時、人気歌舞伎役者であった「團菊左(だんきくさ)(團十郎・菊五郎・左團次)」の3人 をメインで描きつつ、若手の人気俳優もちゃっかり入れています。もはや、アイドルの写真集です。

文化を紐解く材料に、浮世絵というアートを用いると、日本人の変わらない精神性が見えてきますね。

江戸時代や明治時代の版元をベンチマークし、当時の浮世絵を知ることで、現代の版元としての私自身の方向性が見えてきました。2025年のNHK大河ドラマでも取り上げられる歌麿や写楽を世に輩出した「蔦屋重三郎」のプロデュース力も大きな指針となります。

最後になりますが、本稿を執筆するにあたり、新藤茂先生所蔵の周延と国周の浮世絵をお借りし、貴重なアドバイスをいただきました。こちらで改めて感謝申し上げます。

Text :Yuka Mitsui
Photo:Michika Mochizuki
Release:2023.08.31

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