【前編】生活を実感し、実験をする。建築家ならではの暮らし方|BAINCOUTUREと考える理想のバスルーム vol.3 建築家・島田陽
BAINCOUTUREでは、お客さまそれぞれのライフスタイルにあったオーダーメイドのお風呂空間を提供しています。この連載は、そんなBAINCOUTUREの制作チームによって、さまざまな業界の最先端にいる方々の理想のお風呂をつくってみようという企画です。
今回ご登場いただくのは、関西を拠点にさまざまな空間体験の可能性を模索する建築家・島田陽さん。前半ではまず島田さんの暮らしにまつわるお話や、印象的なお風呂体験について、建築家ならではの視点でお話を伺いました。
山の麓の斜面にある事務所兼自宅

島田さん 今僕が住んでいるのは自邸ではなく両親のために建てた家で、父がギャラリーを営んでいた兵庫県の北野という場所にあります。建てた当初僕は別の場所に住んでいたのですが、母の病気をきっかけに、僕の家族も含めて3世代で一緒に住むようになりました。地下に事務所を移したので、毎日スタッフも来てくれます。3階にリビングやダイニングキッチンがあって、日中は父も外に出ているので、そこでスタッフたちとお昼ご飯を食べたりもします。
自宅の設計にあたって意識したことや、構造上の特徴などはありますか?
山の斜面に家があるので、鋼管杭を打って地面を高くしていて、地下も残存基礎である擁壁部分に壁を作って部屋にしたような構造になっています。最初は地下を使うつもりがなかったので、事務所には大きな杭が貫通している形になります。意識したこととしては、自宅の北側にある道路が暗くならないよう、建物自体を二つに分けることで光を通していることです。自分たちの建てる建物が環境を悪化させないということはいつも設計において意識をしています。
あとは、二つある建物の片方を近くにある異人館を意識してその様式に合わせた仕上げに、もう一方を新建材によるありふれた仕上げにしています。異人館のすぐ横には真新しい建物があって、新旧どちらかに寄せることで片方を否定した気持ちになるのが嫌なので、両者を取り持つような設計を意識したんです。

自宅をショールームにしていいよと父から言われていたので、たくさんの素材を使っているのですが、お風呂はFRP(繊維強化プラスチック)で仕上げた真っ白な空間になっています。高級感があるかと言われると微妙で、この上に石を貼ったりすることも多いのですが、僕たちの世代の建築家だとこういうやり方をする人も多い気がします。目地がなくてすっきり見え、掃除がしやすいのに加えてコストも安いですしね。
クライアントである両親も設計当時すでに60代後半だったので、お風呂に入るときに座って移動できるようになっていたり、ものを置く台を手すりとして使えるなどの工夫は施しました。お風呂の奥にはデッキとベンチがあって、湯上がりにパジャマで過ごしたり、洗濯物を干したりすることができて、うまく使っています。
ここに住み始めて8年くらい経ちますが、ちょうど子供が小学生になったころから過ごし方が変わってきました。もともと多目的室を子供部屋として使ってきましたが、本格的に子供部屋にしようということで、改修を計画しているところです。ほんとうは夏までに終える予定だったんですが、どんどん遅れてしまって年内を締切にしています。子供からも「まだか」とよく質問されて、謝っています(笑)。
住宅設計をする立場として、暮らしを実感する
家の中で生活が完結できるようになっているので、引きこもりがちですね。昼食もみんなでつくって食べるし、用事さえなければ出ることはありません。ほとんど歩いていないので、健康にはよくないでしょうね(笑)。建築家はハードワークではあるのですが、外食のために2〜3時間使ってしまって夜に仕事ができなくなるくらいなら、自宅でゆっくり過ごしながら夜中も仕事をするようなスタイルが自分には合っていると思います。

たしかにプライバシーがないというか、仕事と生活がずるずるとつながっていますが、不自由はあまりないですね。むしろ、食事をみんなでとることが大事だと思っています。それも出来合いのものではなく、つくったものを食べる。というのも、住宅設計をする上で暮らしについてわかっていないと意味がないので、修行の一環としてご飯をつくるということを日常に取り入れているんです。やっぱり暮らしの根幹がある状態で設計をしたいなと。
なるほど。暮らしで感じることがそのまま仕事にも繋がっていると。
考えごとをしている合間に洗濯物を干すような毎日ですから(笑)。でも、そうやっていると自分で実際になにが便利かがわかるので、それ自体がとても重要なことだと思っています。たとえば、事務所と家が外でつながっていて、トイレに行くのにも外に出る必要があるのですが、実際に暮らしているとそんなに不便は感じない。
かつて安藤忠雄さんの「住吉の長屋」が住みづらいという話もありましたが、僕としては実感として外を通ってトイレに行くくらいは不便ではないと。こうした感覚は仕事にもつながっていると思います。

光に触れられる、アートなお風呂体験

考えてみると二つほどあって、一つは新潟にある「光の館」 という、ジェームズ・タレルが手がけたアートのような宿泊施設。ここの浴槽の淵にLEDがあって、入ると人体の曲線があらわになるんです。できた当初に行ったのでかなり昔の話ですが、LEDは直進性が高いのでとても面白い経験でした。
もう一つ、体験こそできていないんですが、同じくタレルが90年代につくった「Heavy Water」 というインスタレーションです。これはお風呂ではなくプールなのですが、プールに潜ってみると奥の空間にたどり着いて、そこには美しい水面だけがある。潜ることでしかいけないということと、無駄のない景色も含めて、すごく記憶に残っています。
あと、全然話が変わるんですが、日本三大霊場の一つである青森県の恐山の宿坊に行ったことがあって。恐山って圧倒的に風景が綺麗なんです。それで、ほとんど荒野みたいなところに温泉小屋がいくつかあって、それぞれはすごく小さくて温泉と外側しかないようなものなんですが、入浴のもつ、神聖な側面を強く感じて忘れがたい経験です。
僕は人のいない夕方に行ったので、温泉のしゅわしゅわという音だけが響いている独特な空気でした。近くに湖があって、風がなくて水面に綺麗に山が反射しているんですよね。今の日本では感じづらい自然があり、一人だけでここへ行って温泉に浸かるという体験がすごくよかったことを思い出しました。

さいごに
前半では島田さんのお風呂にまつわる体験を中心に、建築家目線でのお話を伺いました。後半の記事では、島田さんとともにより具体的な理想のお風呂を考えながら、アイデアを具体的なイメージにしてみたいと思います。ぜひ、お楽しみに。
つづく
Text :Takahiro Sumita
Photo:Yuki Nobuhara
※インタビュー写真以外はご提供
Release:2023.11.15