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お風呂作りもお酒造りも、根源は同じ。 蒸留家・江口宏志のもの作りは、目の前にやってきた“お題”から始まる

江口宏志

江口宏志:
書店経営等を経て蒸留家の道へ。南ドイツの蒸留所で蒸留技術を学んだのち、日本の優れた果樹や植物から蒸留酒を作る、mitosaya薬草園蒸留所を千葉県大多喜町に設立。2023年には、ノンアルコール飲料の製造・充填を行う都市型のボトリング工場「CAN-PANY」を東京都江東区にオープンした。

mitosaya薬草園蒸留所

千葉県夷隅郡大多喜町にある蒸留所。かつての薬草園跡地には数百種類の植物が息づき、自社で栽培する果樹や薬草・ハーブ、全国の信頼できるパートナーたちの作る豊かな恵みを使い、発酵や蒸留という技術を用いてものづくりを行っている。「自然からの小さな発見を形にする」をモットーに、これまでに160種を超える蒸留酒、季節の恵みを閉じ込めた加工品、プロダクトなどをリリースしている。広い薬草園の中に、お酒の蒸留所、会社の事務所、自宅、食品加工場、ショップ&テイスティングルーム、温室、コテージ、ライブラリー、サウナ等を有している。

Instagram: @3tosaya ↗︎  HP: Mitosaya 薬草園蒸留所 ↗︎

mitosaya薬草園蒸留所全体像と写真(photo:Go Itami)

工夫を凝らした手作り満載の自宅兼事務所

千葉県大多喜町、駅から車で5分ほどの場所に「mitosaya薬草園蒸留所」はあります。かつては薬草園だった場所に、江口さん一家が暮らすようになったのは2016年のこと。薬草園の頃の名残りとして、敷地内には数百にも及ぶ植物が育てられています。

薬草園時代から続く、数百種の薬用植物・ハーブ・果樹を栽培しているメインフィールド

江口さん 「薬草園の頃からあった植物を、自分たちで栽培してお酒にしたり、お茶にしたりしています。植物の数は何回か数えようとしましたが、正しくはわかっていません。住み始めて数年経つけれど、僕らもまだわからないことがいっぱいあるんです。

たとえば、ここにはターメリックが生えていて、ターメリックって普通は根の部分を使うのですが、意外と花や葉っぱもいい香りがするので料理に使えるんですよね。同じ植物でも、 どのタイミングで、どこを使うかによって全然違う。常に新しい発見があるので飽きずに楽しめます」

広い薬草園の中には、お酒の蒸留所、会社の事務所、自宅の全てが詰まっていました。蒸留所は、建築家の中山英之さんの設計で元々の建物を大きく改修して作り上げたものだそう。一方でご自宅はと言うと……。

江口さん 「蒸留所になった建物は、もともとは事務所として計画されたような作りでした。中山さんと一緒に、お酒を作るための工程が全て入る蒸留所に作り替えました。もう1個の建物の1階を事務所にして、最後に苦肉の策で事務所の2階を自宅にすることにしました。

最初は、事務所兼自宅も中山さんと一緒にプランを考えたのですが、元々の建物がなかなか不思議な作りで、中山さんには『この建物に共感できる部分が見つからない』というようなことを言われたこともありました(笑)。予算やスケジュールの関係もあって、事務所兼自宅は、自分で改修をしてみることにしました」

事務所兼ご自宅のエントランスエリア

事務所と自宅スペースに加え、薬草園の敷地の中には、江口さんが自ら作ったものがたくさんあります。あえて“テキトー”に作ったという犬と猫の入り口がついた木製のドア、天井まで高く煙突の伸びた暖炉、階段のカーブに沿った大きな本棚、東屋を改修して作った泊まれる小屋、ビニールハウスの構造を活かして作ったサウナ……。

どれも手作りとは思えない、けれど他で見たことのないような個性的なものばかり。中でも最近の一押しは、蒸留後のお酒を保管するために作った樽棚とのこと。お酒の生産量の増加に伴い増えた、大きくて重い樽を支える棚が必要だったそうです。

蒸留所の一室にある保管庫にご自身でつくられた樽棚

江口さん 「ここにある樽は大体250リットルぐらいのお酒が入るのですが、その樽を3つくらい載せたいので、900kgくらいになるんですよね。900kgを支える棚なんて今まで作ったことがなかったので、さすがに今までの“テキトー”な感じだとダメだと思って、できるだけ太い木を選んで、木同士を噛み合わせて支えられるようにしました。ネットで調べながらやったので、木材の組み手とか、金具の使い方とか、本当にこれであってるのは分かりませんが、この棚はものすごく工夫して作りました」

広い家の中でも、唯一自分の時間を楽しめるのがお風呂タイム

そしてもちろん、バスルームにも江口さんの工夫が盛りだくさん。まるで潜水艦の中にいるようなオリジナリティに溢れたお風呂は、もともとはトイレだったそうです。

事務所兼ご自宅のエントランスエリア

江口さん 「実は、引っ越してきて2年間ぐらい、お風呂がなかったんですよ。外にシャワーブースがあるので、最初はどんなに寒い日もそこを使っていました。でも、流石にお風呂が欲しいと家族に言われまして(笑)。

お風呂を作れる場所ってなかなかないんですよね。この建物にはトイレが3つあったので、色々考えてトイレを1つお風呂にしてしまうことにしました。地元に水道工事ができるおじちゃんがいて、そのおじちゃんと一緒に作りました。」

事務所兼ご自宅の一角にあるお風呂空間

ポイントは、床から立ち上がったシャワー。配管を考慮して見つけ出したというシャワーが、見事にアクセントになっています。さらに、お風呂と洗濯機を遮るためのカーテンレールや、もともと付いていたという丸い窓、ピンクからグレーに塗り替えた壁のタイルなど、ユニークな工夫に溢れています。

枠に縛られず、個性的なお風呂を作り上げた江口さん。どんなところから、インスピレーションを受けたのでしょうか?

江口さん 「アムステルダムにある「ロイドホテル」 には影響を受けているかもしれません。もう10年位以上前ですが泊まったことがあって、元々は刑務所だったところをMVRDVがホテルにした、面白い作りだったんですよ。トイレやシャワーに扉がなかったり、大きなドアの向こうが突然お風呂だったり、部屋とお風呂が地続きのようになっていて、境界がない。そこに泊まった時に、お風呂や部屋ってすごく自由でいいんだなと思いました。

きっちり作り込まなくてもいいし、 お風呂と洗濯機置き場がカーテン1枚で繋がっていてもいい。直接的にロイドホテルの真似をしたわけではないですが、そういう発想の元にはなっているかもしれません」

毎日、夕食の後にお風呂に入るという江口さん。家族のスケジュールに合わせて、20時〜21時頃に入浴し、お風呂後には寮生活をする娘さんとビデオ通話をするのが日課なのだとか。そんな江口さんにとって、お風呂はどんな場所なのでしょうか。

江口さん 「mitosayaの空間ってすごく広いけれど、 意外とプライベートが無いんですよ。そもそも僕の個室は無いし、8時半にはスタッフが来て5時頃までは誰かいる。だから、1人になれるのはお風呂かサウナくらいです。

そういう意味で、お風呂に入る時間は結構貴重です。別に何をするわけでもないけれど、すごく気分がリフレッシュされる。広々としたお風呂なので、閉塞感もないし、1人でリラックスするにはいい場所ですね」

バスタブが届きご家族みんな大喜びの中、娘さんと撮られた写真

何でも手作りをする精神の根底にあるものとは?

自らを「工夫おじさん」と称し、数々のものを手作りしてきた江口さん。何でも自分で作ってみようと考え実行に移してしまう、その原動力について聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

蒸留所内にあるお酒の保管庫

江口さん 「『お酒の樽を置く棚がない』とか『麦を発芽させる台がほしい』とか、色んな方向から“お題”がやってくるんですよ。そういう“お題”を見つけると、解決したくなるし、楽しいんですよね。

でも、普段生活をしていると、どんどんそういった“お題”が気にならなくなってしまう。ちょっと不便だなと思っていても、人はすぐに慣れてしまう。だから、僕は見つけた“お題”にはすぐに取り掛かるようにしています。その場ですぐに完成させなくてもよくて、いつか完成させようくらいの気持ちで、やり始めるんです。自分で“お題”を見つけて、自分の周りをちょっと良くする解決策を持っていることって、結構心が満たされるんですよ。

それに僕、子どもの頃、発明クラブに所属していたくらい、何かを作るのが好きなんですよ。作っている間、ずっと楽しいんですよね。できあがったものを買うと、買った瞬間に楽しさが終わってしまう感覚があります。それに比べて自分で作るとより長い間楽しめるんです」

蒸留所エントランス

江口さんが作るものの多くは、薬草園にもともとあったものを使ってできています。大きなプランターをカウンターに作り替えたり、百葉箱をミニ図書館として活用したり。江口さんが再利用を大切にしているのには、こんな理由があるそうです。

江口さん 「もともと、環境への意識が高いとか、リユースにものすごく力を入れていたというわけではありません。ただ、この薬草園に転居してきた時、残されたものがとにかく多くて、後片付けが大変だったんです。ここはゴミの収集ルートからも外れているので、何かを処分するには自分たちで環境センターまで持っていかなければなりません。ものを捨てるのにも、結構なエネルギーとお金がかかるので、できるだけあるものは使おうと思うようになりました。それが、当時の僕にとっての“お題”でした。

それに、これは偶然ですが、mitosayaという名前にも影響されているかもしれません。mitosayaという名前は娘2人の名前をくっつけて決めたのですが、実だけではなくて莢(さや)の部分も使おうという意味も込められています。莢の部分を有効活用したり捨てないようにしようと考えているうちに、ものづくりもそうなっていったのかもしれません」

温室。緩やかなテーブルを使いご飯を食べたりすることもあるそう

腐葉土を作っている場所。できあがった腐葉土は敷地内の畑土に利用される

広大な薬草園内の敷地の中にある蒸留所

蒸留後の発酵液の蒸留もろみ。この後コンポストへと運ばれる

ショップ&テイスティングルームにある、かつてのプランターを再利用して作ったカウンター

何かを作る時には“お題”が先にあること、そしてまでもれなく使うこと。この考え方は、お風呂をはじめとする家づくりはもちろん、江口さんのお酒造りにも繋がっています。そしてそれは、ものを作る喜びや楽しみにも繋がっていると江口さんは語ります。

江口さん 「普通、お酒を作る時は『こんな日本酒を作りたい』とか『あんなウイスキーを作りたい』とか、ゴールが先にありますよね。でも、僕らにはそれがほぼないんです。先に、素材という“お題”があって、それに合わせて作るお酒を考える。たとえば、夏に間引いたリンゴが200キロあって『使えませんか?』と聞かれたら、じゃあどうしようと考える。

そういうやり方でお酒を作っていくのはものすごく面白いんです。結果的に、まだ世の中にないお酒を作れたり、初めて出会う作り方を知ることができたりする。その面白みは、お客さんにも伝わるもので、うまくいくとものすごく喜んでくれるんですよね。僕にとってのものを作る喜びは、多分そういうとこにあって。ここにあるものを使って、どうしたらみんなが喜ぶものを作れるだろうか、と今後も楽しみながら考えていきたいです」

事務所兼ご自宅前で暖かく迎えてくれた江口さんとむぎちゃん

Text :Natsu Shirotori
Photo:Yuki Nobuhara

Release:2023.12.26

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